広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ネ)21号 判決 1959年9月28日
控訴人 日下正一
被控訴人 岡山県人事委員会
主文
原判決を取り消す。
本件を岡山地方裁判所に差し戻す。
事実
控訴人は「原判決を取り消す、被控訴人が昭和三十年三月二十四日付で控訴人の忌避申立を却下した処分並びに同月三十一日付で控訴人の異議申立を却下した処分はいずれも無効であることを確認する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の主張と立証は、左記のほか原判決事実摘示と同じであるから、これをここに引用する。
控訴人において
一、第一審裁判所の判決はその原本に基かずして言渡されたものであるから、判決手続に法律違背がある。即ち、第一審裁判所は昭和三十二年五月十五日判決を言渡したから、その後遅滞なく判決正本を当事者に送付すべきにかかわらず、約九ケ月を経過した昭和三十三年二月一日に至つて担当書記官が判決原本を領取し、同月十日に判決正本が当事者に送達された事跡に徴すれば、右判決の言渡が判決原本に基かないものであつたことは明らかである。
二、本件各処分は地方公務員法第二十七条第一項、第四十一条に違反し、不利益処分に関する審査に関する規則(昭和二十六年八月十三日岡山県人事委員会規則第六号)第二十条の規定を看過した無効の処分である。即ち、右の法第二十七条第一項、第四十一条は地方公務員の分限及び懲戒について、公正でなければならないこと、又その福祉及び利益の保護は適切であり、且つ公正でなければならないことを宣言しているのであつて、この公正の原則は当然本件忌避並びに異議の各申立を受理してこれを審査すべきことを要請するものであるから、若し被控訴委員会において右規則の上でこれが受理審査に関する規定を欠くというのであれば、右規則第二十条によりその受理審査を行うことができるための必要な措置を講ずべき責務があるのに拘らず、これを行わないで、本件各処分をしたものであるから、これは無効の処分というべきである。
三、被控訴委員会は同委員会委員に対する忌避申立を受理審査することは、同委員会の構成上不可能であると主張するが、その審査については審査期間の制限が全くなく、且つその委員には任期(地方公務員法第九条、同附則第五項)があるから、忌避の理由があるとされた委員の任期中、当該事案の審査を一時停止することによつて、同委員会の構成上の障碍は容易に除去できから、被控訴委員会の右主張は理由がない。
四、甲第十九乃至四十二号証、同第四十三号証の一、二、同第四十四乃至四十七号証、同第四十八号証の一、二、同第四十九、五十号証を提出した。
被控訴代理人において
一、被控訴委員会において同委員会委員に対する忌避申立を受理審査することは同委員会の構成上不可能である。即ち、地方公務員法第五十条に規定する不利益処分に関する審査を行う権限は人事委員会の専権とされていることと、同委員会委員についてはその職務を代行する他の委員の存在が現行法上許されていないから、仮りに委員に対する忌避が認められるとするならば、同委員会の構成は事実上不可能になるので、忌避の制度は許されるべきものではない。
二、甲第四十三号証の二、同第四十七号証は不知。同第四十八号証の一は郵便官署作成部分の成立を認め、その余の部分は不知。当審提出のその余の甲号各証はすべて成立を認める。
理由
先づ、第一審裁判所の判決手続に法律違背があるかどうかについて考察するのに、原審の判決言渡調書によれば、原判決は昭和三十二年五月十五日午前十時原裁判所第一民事部法廷において、その原本に基き主文を朗読して言渡された旨の記載がある。ところで、民事訴訟法第百四十七条本文には、「口頭弁論ノ方式ニ関スル規定ノ遵守ハ調書ニ依リテノミ之ヲ証スルコトヲ得」と規定され、判決の言渡がこれに属することは言を俟たないところであるから、右調書の記載に対し他の証拠によつて反証を挙げることは一般に許されないものと解すべきであるが、その判決言渡の基礎たる判決原本自体の記載により調書の記載と異なる事実が証明されるときは、調書の証明力はこれによつて排除されるものと解するのを相当とする。しかるところ、原判決原本によると、その第一葉欄外上段には、担当書記官の「昭和三十三年二月一日判決原本領収」の附記とこれに対する捺印がなされている上に、同原本用紙十四枚の各欄外下段にはいずれも(32.10.72,000)の活字文字が印刷されていて、これらの原本用紙が裁判所備品の用紙として昭和三十二年十月に印刷されたとの趣旨を現わしているものであることが、当然裁判所に顕著な事実といわねばならないから、これらの事実を綜合するときは、原審の判決言渡は明らかに判決原本に基かずして言渡されたものと認めざるを得ない。従つて、右は民事訴訟法第三百八十七条にいわゆる判決手続に法律違背ある場合に該当するものというべきであるから、原判決はこの点において取消を免れないし、右判決手続の瑕疵は判決の成立について疑を生ずべき性質のものであるから、最早本案の審理に立入るまでもなく、本件を原裁判所に差し戻すのを相当とする。
よつて、主文のように判決する。
(裁判官 有地平三 高橋英明 小川宜夫)